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自尊心よりも自分を思いやる気持ちをもった方が効果的  

-自尊心を高めても気が楽になることはない。
 それよりも、親友と付き合うように自分自身と付き合ってみよう。

原題:Why Self-Compassion Works Better Than Self-Esteem

アトランティック誌(2016年5月6日)から

オルガ・カザン(Olga Khazan) 

原文はこちら

*翻訳の一部は、クーリエ・ジャポン誌の訳文を参考にした。

*本記事では、self-compassion(セルフ・コンパッション)を「自分に対する思いやり」と訳した。


1986年、カルフォルニア州の議員ジョン・バスコンセロスは、カリフォルニア市民の自尊心を高めるための特別対策委員会を立ち上げた。10代の妊娠や薬物乱用などの「重大な社会の病のワクチン」になりえると考えたからだ。だが3年後、この取り組みは打ち切られ、大した成果はなかったとみなされた。

テキサス大学の心理学教授クリスティン・ネフに言わせると、これは当然のことである。ポピュラー心理学(心理学のように見える大衆向けの俗説。占いの心理テストなど)では、自尊心が万能薬として幅を利かせているが、ネフによれば、自尊心の向上を追い求めることは見当違いで、ほとんど意味がない。

自信をもつことは悪いことではない。問題は、自尊心を高めようとするやり方である。たいていの場合、人は他人をおとしめたり、自分の成功を周りの他人と比較することで自尊心を高めようとする。そのような方法は長続きせず、ナルシズム(自己愛)に陥るか、困難に直面するとうつ状態になる可能性がある、とネフは主張する。

ネフは、もっと適切な方法を提案している。それは自分に対して思いやりをもつことだ。言い換えれば、失敗した時でも、親友に付き合うように自分自身と付き合うことである。

最近、筆者(カザン)はネフに取材して、どうして自尊心が役に立たないのか、自尊心の代わりに自分に対する思いやりを高めるにはどうしたらよいかについてインタビューした。インタビューの内容は以下のとおりである。

カザン:
自尊心を高めるべきだという話はふだんよく耳にしますが、その背景には何があるのでしょう?

ネフ:
そうですね。自尊心を高めるべきだという考えは、深く浸透しているようです。人々の自尊心と自己愛のレベルが非常に高い米国社会では特にそうでしょう。自尊心を高めようという世の中の動きのせいで、多くの人々が心の健康の鍵は自尊心であると考えるようになったと思います。心理学者のジーン・トウェンギとキース・キャンベルは、このような自尊心の重視によって、現実にナルシストな世代が生まれたことを明らかにしています。自尊心の重視は文化の中に広まっていますが、特に親と教育者の間に認められるのではないかと私は考えています。

この問題について最も詳しい研究者の1人はオハイオ州立大学の心理学者ジェニー・クロッカーです。彼女は、自尊心を高めようと努めることは大きな代償を払うことになるため、やめるべきだと語っています。問題は、自尊心が高いことではなく、自尊心を高めようとすることです。高い自尊心の追求はたいてい、自分は特別で平均以上の人間だ、他人より優れているという感覚に基づいています。自尊心の問題について考える際に最も適切なアプローチは、自尊心があるかないかということではなく、自尊心を得るために、どういう行動をしているかということです。実際に問題なのはそこです。

カザン:
では、自尊心を高めることの何が悪いのでしょうか?

ネフ:
自尊心を高めることに真剣になり過ぎると、人はナルシストになります。ナルシストは、人間関係の問題を抱えがちで、他人を寄せ付けず、そのためナルシズムは明らかに不適応な結果を招いてしまうことが分かっています。

また、高い自尊心をもつためには、自分は特別で平均以上だと感じる必要があります。「あなたの能力は平均的です」と言われたら、傷つき、侮辱されたも同然だと思うでしょう。

失敗した時には、自尊心を失いますが、失敗した時こそ自尊心が最も必要な時なのです。

問題なのは、自分を他者と常に比較することです。人間は自分の方が上だと思い上がってしまいます。これは自己高揚バイアスと呼ばれるものです。人間は、文化的に重要とされる特性のほぼすべてで自分が優れていると考える傾向があります。いじめは、ほとんどの場合、自尊心を高めようとすること-自分が特別であり、他者よりも優れていると思いたがることが原因で起こることが多くの研究で示されています。

変わり者でオタクっぽい子供をいじめて、自尊心を高めようとするのです。それから、偏見のような現象について考えてみましょう。偏見に多少なりとも影響を及ぼしている要因の1つは、自分が属する宗教や民族の集団が他の集団よりも優れているという感情でしょう。これは、社会的比較(自己と他者を比較し、自己を正確に評価したり、意見の妥当性を確認したりすること)の1つで、これによって実は自尊心を高めているのです。これは問題です。現実には、常に自分より優れている人間がいるのです。

私はワークショップで講演する時、どんな人でもいつも平均を越えることは論理的に不可能だと話しています。つまり、人間は、論理的に不可能な形で自分をとらえているのです。いつかは現実を突き付けられるでしょう。自分より優れた人間が現れます。その時、それを受け入れるでしょうか? それとも、そのせいで不安定になってしまうでしょうか?

たいていの場合、自尊心は成功するかどうかにかなり左右されます。自尊心を左右する体験は3つあります。1つめは仲間からの承認です。これは、学校なら他の子供たち、職場なら同僚たちから自分がどう思われているかということです。これは実際は情報源としては適切ではありません。なぜなら、彼らはあなたのことを十分にわかっているわけではないですし、あなたも、彼らがあなたについてどう思っているかはよく分かっていないからです。

2つめは容姿です。これは、特に女性にとってはひどく傷つく原因にもなりますし、女性の自尊心にとって最も重要な要素です。男子は女子ほど自尊心の低さによって悩みませんが、その理由の1つは、男子は成長する中で自分のことをかなり魅力的であると思っているからです。男子は、自分の魅力をかなり高く評価しています。美しさの基準は、男子よりも女子の方がはるかに厳しいのです。女子の場合、小学3年生くらいから自分の魅力に対する自己評価が急低下します。女子は、その頃から「自分は太っている」、「自分はかわいくない」と考えるようになり、自分を厳しい美の基準と比較することで自尊心が損なわれていきます。男子の自尊心はかなり安定しています。

3つめは成功です。成功にまつわる現実的な問題は、成功した場合にしか自尊心を利用できないということです。失敗すると、人間は自尊心を失いますが、失敗した時こそまさに最も自尊心が必要な時なのです。自尊心が上がったり下がったりして不安定であることは、自尊心そのもののレベルよりも悪影響があると主張する研究者もいます。

カザン:
では、自分に対する思いやりとはどういうことでしょうか? どうしてその方が良いのでしょうか?

ネフ:
自分に対する思いやりは、自分が気にかけている人たち、例えば親友や恋人、家族などと付き合うのと同じように、親切、配慮、慈しみなどをもって自分自身と付き合うということです。

1つめの要素は自分に対して親切であることです。これはある意味では最もわかりきったことです。しかし、これには共通の人間性(common humanity)に対する理解が必要です。言い換えると、全ての人間は不完全であり、全ての人間の人生は不完全であることを理解するということです。時に、人間は失敗すると、あたかも何か悪いこと、つまり起こってはならないことが起こったかのように反応します。「私は失敗してはならなかった。この問題が私の人生で起こらないようにすべきだった」と思うのです。これは「こういうことは起こってはならないこと」で、世の中の自分以外の人間は皆、完全に幸福で問題のない人生を送っていると思っているかのようです。こういう考え方は、実際のところ、さらに多くの苦しみを引き起こしてしまいます。なぜなら、自分が孤立し、他の人々から切り離されていると感じてしまうからです。

自分に対して思いやりをもった場合、失敗しても、「かわいそうな自分」ではなく「誰でも失敗するもの」と思えるようになります。みんな苦労して生きています。それが人間だということです。こういう考え方は実際に、失敗や困難とどのように関わるかということを根本的に変えるものです。私たちが「ああ、これが普通だよ。それが人間というものなんだよ」と語る時、経験から成長する道が開かれるでしょう。失敗が異常で、起こってはならないものと感じると、人間は自分を責め始めます。

また、自分に対する思いやりはマインドフルネスを伴います。自分に対する思いやりをもつためには、自分の苦しみに目を向けて、それを認めようとしなければいけません。たいていの場合、人間はそういうことはしたくないと思っています。そういうことを避けて考えずに、問題の解決にまっすぐ進みたいと思っています。

実際のところ、自分に対する思いやりは、自分に価値があるという感覚をもたらしますが、自尊心のようにナルシズムとは関連しないと私は考えています。また、自尊心のように社会的比較とも関連しませんし、自分に対する思いやりがあるため、成功しても失敗しても、それに左右されません。自分に対する思いやりから生じる自分に価値があるという感覚は、自分に対する肯定的な評価から生じる自分に価値があるという感覚よりも長期にわたってずっと安定しています。

カザン:
自分に対して思いやりをもっている場合、大きな失敗をした時には自分自身に対してどういう言葉をかけるのでしょうか?

ネフ:
それについては私の著書で詳しく書きました。私には息子がいるのですが、自閉症で、現在14歳です。この著書で、私は、長い年月をかけて自分に対して思いやりをもつことを身につけることができて良かった、と書きました。息子が自閉症と診断されてすぐ、「どんなセラピー、どんな治療が必要?」と調べるだけではなく、自分に対する思いやりが必要なことが分かりました。そして、自閉症が自分にとって難しいこと、感情的な痛みを伴うことを認めなければならないということを知っていました。実際、自分自身に優しくすること、思いやりや理解をもつこと、それから自分がどんな感情をもつべきだと考えているかどうかとは関係なく、自分にどんな感情が起こっているのかを自分で感じとるということについて考える必要がありました。

以前、息子と公園に行った時、そこにいた母親も子供もみな笑いながら、会話をしていましたが、私の息子は、すみっこにいて誰とも関わろうとしませんでした。その時、私は「どうして私がこんな目に、どうして」と自分を哀れむ道に入り込みそうになりました。その時のことは今でも覚えています。でも、共通の人間性について思い出し、非常に強烈な体験をしました。私は少し冷静になり、こう思いました。おそらく、ここにいる母親たちは自閉症に対応することはないだろう。でも、母親はみんな様々な形で子供と一緒にチャレンジしているんだ、と。それは、メンタルヘルスの問題だったり、身体の問題だったり、あるいは強い葛藤に満ちた人間関係だったり。「かわいそうな私」から「要は、これが母親であるということだ。私たちは、自分の子供と一緒にチャレンジしていて、いずれにしても子供を愛しているのだ」という考えに切り替えたら、自分自身の感情的な問題との関わり方が実際に根本的に変わりました。この考え方の変化によって、かなり対処しやすくなりました。

カザン:
私は、恋愛関係や身体イメージにも自分に対する思いやりが影響を与えていることに注目しています。自分に対する思いやりが影響を及ぼしている領域には何がありますか?

ネフ:
コーピング(対処)とレジリエンス(回復力)の領域です。多くの人は、自分に対して思いやりをもつことは弱さであると考えています。でも、そうではないのです。例えば、退役軍人を対象として、自分に対する思いやりのレベルについて調べた研究がいくつかあります―自分に対する思いやりは内なる敵でしょうか、それとも内なる味方でしょうか? 内なる敵ではなく、内なる味方とした退役軍人はコーピングが非常に良好で、PTSDの症状を発症する傾向がかなり低かったのです。自分に対する思いやりによって、離婚、苦痛、老いに対処しやすくなります。

また、多くの人は全く信じないのですが、自分に対する思いやりは意欲を高めます。自分に対する思いやりのレベルが高い人は、失敗しても、失敗を恐れません。ある研究では、実験のテストで失敗した場合に、研究参加者の自分に対する思いやりを促進しました。その後、2回目のテストの勉強をする機会があったのですが、自分に対する思いやりを促進された参加者は、促進されなかった参加者よりも勉強時間が長かったのです。つまり、失敗しても大丈夫な環境をつくったからです。自分に対して思いやりのある人は、再びチャレンジする傾向が高いのです。また、そのような人は自信をもてます。なぜなら、こういう人は常に自分をこき下ろすようなことはしないからです。

身体的な健康に関する研究がいくつか行われていて、自分に対する思いやりが、高い免疫機能と関連することが示されています。また、糖尿病患者の研究では、自分に対する思いやりをもつことで血糖値が安定することが示されていますし、テロメア長を調べた研究では、自分に対する思いやりがあるとテロメアが長いことが示されています。自分に対して思いやりのある人ほど健康です。このような人は自分の健康に気をつかい、よく運動し、健康的な食事をとり、病院に行く傾向も高いのです。自分に対する思いやりは、自分に配慮することで、自分が損なわれることを望まないことです。

カザン:
あなたの研究では、男性は女性より自分に対する思いやりが高いという結果が示されています。これはどうしてでしょうか?

ネフ:
この性差は非常に小さいものですが、一貫した結果が得られています。女性は、男性より自分に対する思いやりが低い傾向があります。現在、私たちは性役割の方向性について研究を行っています。両性具有の女性―男女両性の特徴をもった女性―の自分に対する思いやりのレベルは男性とちょうど同じです。女性性が高い女性の場合、つまり自分がそういう女性だと考えている場合、実際に「自分は常に他の人の要求に合わせなければならない」という自己犠牲的な規範に合わせている場合には、伝統的な女性のステレオタイプに合わせることから生じる多くの問題があると思われます。このような女性は、苦しむことが多いようです。これに関するまだ発表していない新たなデータがあるのですが、興味深く、納得がいくものです。女性は、自分を気づかってはならない、常に周りの人に注意を向けなさいと教えられますから。

カザン:
しかし、あまりにも過度に自分を許してしまうのは危険ではないですか?

ネフ:
それについては、驚くような研究知見があります。自分に対する思いやりのレベルが高い人ほど、他者を傷つけることに対して個人的な責任感を抱きやすく、謝罪する傾向が高いのです。間違っても大丈夫な場合、人はこう言えるようになります。「とんでもないことをしてしまいました・・・」と。自分に対する思いやりがあると、自分の失敗を認めやすくなり、自分自身がはっきり見えるようになるのです。こういうことを言うのは、自分がひどい人間だと言っているのではなく、「失礼しました」と言っているだけなのですから。実際に、自分に対して思いやりをもつと、責任をとり、謝罪することができるようになります。

私がこういう懸念をすべて脇に置いていると思われるかもしれませんが、現在のところ研究の結果はかなり明白です。自分に対する思いやりに関する危惧の全ては、かなり誤解に基づいたものです。研究では逆の結果が示されています。自分に対する思いやりは意欲や責任感を高めます。自分に対する思いやりは、我がままではありません。利己的なものでもありません。自分に対して思いやりをもつことで、人間関係もよくなるでしょう。非常に多くの研究がこのような考えを支持しており、これは注目すべきことだと思います。

カザン:
それは素晴らしいですね。では、もともと自分に対して思いやりをもてない場合は、どのようにして身につければいいのでしょうか?

ネフ:
最も簡単な方法の1つは、「こういう状況の時、気にかけている親しい友人に対して自分はどういう言葉をかけるだろうか?」と考えることです。人間のほとんどは、自分自身よりも他者を思いやる経験をすることの方が多いものです。

もう1つ別の方法としては、実際のところ、信じられないかもしれませんが、身体的な接触が挙げられます。思いやりが生まれる身体的な仕組みは、主に3つの刺激で引き起こされます。この3つの刺激とは、身体的な暖かさ、優しい接触、心地よい声です。人間はジェスチャーで驚くほどのことができます。胸に手を置くなど、自分の支えとなるようなことがあると思います。そうすることで身体が落ち着き、思いやりが生まれる身体の仕組みが活性化され、思いやりのある方法で自分に語りかけられるようになります。私は、いつも人にこう話しています。そう、これはスキンシップですが、過小評価しないこと。人間は結局のところ哺乳類なのですから、と。

カザン:
私は親友にかけるような言葉をなかなか思いつきません。友人の友人が失敗した時に、友人がかける言葉が適切だとは思わないのですが。友人たちは「ああ、実際にはそんなに悪くないよ」とか「失敗したのは当然だよ」などと言いがちだと思います。その友人の失敗を認めるのではなく、どちらかといえば軽く扱おうとします。

ネフ:
それは良い指摘ですね。ある意味、親の方がもっと良い例かもしれません。親は子供の幸福のために一生懸命になりますから。そして親は、子供が自分自身を傷つけるようなことをしないで成長できるように気を配ります。

人間は、友人への接し方について考える場合の方が、どういう言葉をかけたらいいか思い浮かびやすいのです。なぜなら、そういう経験の方が多いからです。しかし、改めて指摘しますが、マインドフルネスがなければいけません。「ああ、あの失敗は大したことじゃない」と言うために思いやりという言葉を用いるとか、また失敗が重大だと認めていないような時は注意が必要です。自分に思いやりの気持ちをもつ場合は、苦痛を取り去るために、また実際に問題があっても問題がないと偽るために、ずるい方法や表面的な方法で考えていないかどうか注意しなければいけません。問題が目の前にあること、間違いを犯したことを十分に認めなければなりません。それを認めたら、もっと大きな思いやりのある見方で失敗について考えてみます。そうすることで失敗をさらに受け入れることができるようになり、きっと、多少なりとも癒されて、前を向いて進んでいけるようになるでしょう。


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Posted on 2016/09/20 Tue. 16:12 [edit]

category: セルフ・コンパッション(自分への思いやり)

tag: セルフ・コンパッション 
tb: 0   cm: 2

コメント

今回も大変興味深い内容でした。
特に、コンパッションはいま自分にとってタイムリーな話題です。
コンは『ともに』、パッションは『苦しみ、情熱、受難』を意味するようです。

他人と比較することの弊害を、しっかりと論理的に展開されてる部分がとくに参考になりました。
この記事で得たものを自分のまわりに広げていきたいと思います。

URL | ボン尻 #-
2016/09/26 14:23 | edit

コメント、ありがとうございます。お役に立てれば幸いです。

自分とうまく付き合っていくことが、生きていく上では必要かと思いますが、セルフ・コンパッションという考え方は、そのヒントになるように思います。

URL | やま #-
2016/09/27 03:30 | edit

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